研究職の派遣として働くという道

子どもの頃からの夢というわけではないが、なんとなく研究職に心惹かれていた。学生のとき1番好きだった教科が理科で、試験管とかビーカーとかを使って実験を繰り返して新しいものを作り出す仕事に憧れがあったからだ。


研究職になっている人の多くは理系の院卒である。そして研究職の求人は少ないため倍率は10〜100倍と高く、狭き門だと聞いたことがある。自分は大学院には行っていないし、研究職にはなれそうもない学部を卒業した。どこか別の場所で研究をしていたという経験もない。


そんな人間が突然研究職になりたいと思っても難しいだろうなと思っていた。研究職の求人は応募条件にあてはまらないものばかりだから応募すらできないし。仕事内容が似ており未経験OKだからという理由で品質管理職に応募してみたが書類選考で全滅。


そんなときに研究職に特化している派遣会社の存在を知る。研究職の求人を探しているときに同じ名前の会社ばかり出てくるなと思っていたらそれが派遣会社だった。未経験可で興味のある求人がいくつかあったので登録してみる。


初回説明会に行くと3日間の研修を受けることを勧められる。未経験の人は研修を受けてから働き始めるものらしい。受講費は1万円かかるが就職が決まったらそれ以上のお祝い金がもらえ、もし決まらなかったら返金してくれるという。ちょうど無職で時間があったこともあり二つ返事で研修を受けることにした。


まずは仕事場での注意事項から。危険な物質を取り扱っていることが多いので、白衣と防護メガネとゴム手袋は必須。メガネの人はメガネの上に防護メガネをつける。有害な気体が発生する作業をしているときは排気ダクトの位置を確認する。ドラフトチャンバーという機械のガラス窓の下から手だけを中に突っ込んで作業することもある。薬品をこぼしたら素手で触ったり雑巾で拭いたりせずにすぐ報告するなど。


それらが終わったらいよいよ実習だ。課題は3種類の濃度のカフェイン溶液を作り出すというもの。ホールピペットなどの量る道具は使用する溶液で中を洗う=共洗いしてから使う。目盛りを見るときは真横から見て、端の盛り上がっているところではなく中央の平になっているところで合わせるように言われた。面倒だがこれらは正確な実験結果を出すためには必要なのだろう。


まずは使う量のカフェインを量りとる。薬包紙を四つ折りにしてから広げて電子秤の上に乗せゼロ表示にする。そしてさじを使って少しずつカフェインの粉を載せていき、規定量になったら薬包紙を取り出す。


説明だと簡単そうに思えるが、この作業か自分にとっては1番の難関だった。なぜなら量りとるのはたった9㎎で±10%の誤差を含めても8.1〜9.9㎎。小さじ約5g=5000㎎の555分の1 である。お菓子作りで小さじを出すのを面倒くさがって適当に入れよく失敗している自分には未知の作業だった。その上さじのサイズは耳かきくらいで、粉にはちょこちょこ塊が混ざっている。ちょっとだけ粉をさじに載せることもできないし、少しずつ粉を薬包紙に落とすこともできない。規定量を超えると薬包紙を取り替えてやり直さなければならないため、ちゃんと量り取れた時には薬包紙を15枚以上無駄にしており講師の方に叱られた。


気を取り直して次はカフェインをメスフラスコに移す。薬包紙の折り目をつけたところを注ぎ口のように使って慎重に。薬包紙にカフェインの粉が残らないように蒸留水で流し落とす。そしてメスフラスコの上部についたカフェインも流し落としながら、蒸留水を目盛りの近くまで注ぐ。目盛りに合わせる微調整はパスツールピペット=サイズの小さい一般的なピペットで。真横から見ながら水を1滴ずつたらし目盛りに到達したらストップ。


次は希釈する作業だ。3種類の濃度のカフェイン溶液を作るために作った溶液から5,10,20mlを量りとる。この作業には5,10,20mlの3タイプのホールピペットを使う。ホールピペットの上部のゴムは取り外し可能なので、ゴムを3タイプのガラス筒に付け替えながら使った。


ホールピペットのゴムには押さえると液体を吸い込む部分と吐き出す部分がある。吸い込む部分を押さえ続けてゴムのところにまで液体が到達してしまうと、ゴムが傷んで使えなくなってしまうので気が抜けない。しかも吸い上げるときは左手でビーカーやフラスコを持っているため、ホールピペットは右手一本で操らなければならない。小指と薬指でガラス筒を支えながら残り3本の指でゴムを押さえたり潰したりするのはけっこうしんどい。目盛りを真横から見るために目線の高さまで両手を持ち上げないといけないので腕も疲れる。


5,10,20mlをそれぞれメスフラスコに量り取れたら、先ほどと同じように蒸留水を注ぎパスツールピペットで目盛りに合わせる。ここまでできてやっと一息である。あとは正しい濃度のカフェイン溶液が量り取れているか吸光度を測ってチェックするだけだ。濃度と吸光度の関係をグラフにするとy=2xのような右上がり直線のグラフになった。ちゃんとできていたようで一安心である。


またそれとは別にマイクロピペットで正確な量の水を量り取る訓練もした。マイクロピペットとはμL(㍃リットル)単位で液体を量るピペットのことである。量り取りたい量をダイヤルで設定し先端にチップをつけて使う。プッシュするボタンには2段階あり、吸い込むときは1段階目まで押して先端を液体につけてからゆっくり離す。吐き出すときは2段階目までボタンを押し込んで液体を完全に押し出すようにする。


これを100、200、500、1000μLで各10回ずつ繰り返し、電子秤でちゃんと指定した量が取れているかをチェックする。わずかな量なのでなかなかぴったりには量れないが、誤差+−0.8%以内ならOKだそうだ。500、1000はほとんど範囲内に収まっていたが、100、200はけっこうずれていた。量り取る量が少なくなるほどちょっとのことでズレが大きくなるので難易度が高いようだ。


一通り研修を終えたときには疲れ果てていたが、フラスコやピペットを使って作業するのは楽しかった。初心者にしては先生からの評価も悪くなかったので向いているのかもしれない。研修を受けてからいくつか求人を紹介してもらった。将来的に正社員になれる可能性がある紹介予定派遣だったらやってみたかったのだが、自宅から通えるところだとずっと派遣という求人しかなかったので保留にする。そのまま求職活動を続けていたら違う職種で正社員として働けることになり、結局派遣の研究職として働くことはなかった。


派遣の研究職だと正社員の研究職とは違って研究の中心的なことには関わらせてもらえないようだが、仕事で実験ができるというのはいい。だが今の仕事は気に入っているし正社員になってからストレスがなくなったので辞めてまで派遣の研究職をする気はない。もし今の会社が倒産するかリストラされることがあれば、派遣の研究職として働くのも悪くないかもしれない。