久しぶりに『幸福喫茶3丁目』を読み返した感想

幸福喫茶3丁目」は全15巻の少女マンガである。2005~2009年に花とゆめで連載されていた。そして2019年に完結した後の話を描いた「幸福喫茶3丁目2番地」が発売された。まさか10年後におまけの新刊が出るなんて思ってなかったので、本屋で偶然見つけたときはびっくりした。すぐに買って帰って読み、全15 巻も読み返したのでその感想を書いておく。


母が再婚して一人暮らしを始めた潤が自分の居場所を見つけるために喫茶店でバイトを始めるのが第1話。全体を通して主人公の家族の他にもいろんな家族が描かれていた。母に捨てられ義父に育てられた息子、共働きの両親を待って夕飯を食べようとする子ども、親の離婚のため離れ離れで暮らすことになった兄と妹、父親が再婚して義理の母+腹違いの妹と暮らす兄弟とか。


文字にしてみると重いテーマばかりで雰囲気も暗いような気がしてくるが、ギャグが多いためか全くそんなことはない。潤の義父は潤に嫌われたと思って落ち込んだり、進路のアドバイスをしにやってきたりする。進藤さんの育ての親である松本店長は自分に迷惑をかけないようにする進藤に何でも一人でやろうとしなくていいと声をかける。安部川兄弟の義母は血のつながりのない兄弟に気まずさを感じさせることなくつき合っている。


などなど尊敬できる大人がほとんどである。だから10年前の自分は納得できない理由で潤たちを傷つける桜庭社長や萩原さんはめちゃくちゃ嫌いだった。今になってみると誰でもすぐ信じる潤を見て虫唾が走るとか、父親の死の原因を作ったことを忘れてニコニコ笑うのが許せないとか気持ちはわからないでもないが、やっぱり好きにはなれない。


ちょこちょこ挟まれるギャグやコントがおもしろい。自分の笑いのツボにはまったのは、あめんぼあかいなあいうえお、腰は男の命だぞ、オット手が滑ッタ、ラブラブボンバー…クラッシュ、あたまツルツル、笑ってねーよ(笑)、2回言った、セクシーダイナマイツ、俺は猫派だ(混乱中)。潤とさくらの組み立て体操や潤とミツカちゃんのカップルのようなノリもいい。


名言といってもいいようなステキな言葉もいろいろある。幸せなんて自分でつかむもの、遠慮してたら仲良くなんてなれない、名前は親からもらうもので体の次に大事なもの、悲しいことを消すのが無理なら楽しいことで上書きすればいい、なにかを始めるのに遅すぎることなんてない、血のつながりだけが家族じゃない、とか。


なんとなく好きなシーンもある。勉強を教えてくださいという潤に進藤さんと一郎が最初からそう言えっつーの、進藤さんがパティシエになった理由を聞かれて俺もアイツ(店長)みたいにマホウが使えるようになってみたいって思ったからだ、兄弟っていいもんなんだろうなという進藤さんに潤と一郎が私達が俺らがいるじゃないっすか。


潤はニコニコヘラヘラしているイメージが強いが、ケンカをふっかけてきた安部川兄弟とか嫌がせにきた桜庭にちゃんと怒れるところがいい。進藤さんの産みの母親に会いに行く理由をあたしの消化不良を治すためだけですと言っていたのも好感持てる。作中では泣いたのは4回。自分を捨てた母親の夢を見て怖いという進藤さんの気持ちを察して泣いていた印象が強い。潤と進藤さんはお互いに弱みをみせながら支え合ってきたので、最終的に結ばれるのには納得だった。潤は主要男キャラ6人のうち4人から好意を寄せられるという驚異のモテ率をほこっていたが、安部川弟をラブじゃなくライクとちゃんと振ったのはよかった。


進藤さんは、照れる前にしかめっ面になったり、女っぽいからと咲月という名前を隠したり、クモを怖がったりとかわいい面が多い。ノンスマイル接客とか普段は仏頂面なのにたまに笑ったりするところがギャップ萌え。子どものころからわりと苦労人であり、説教したり煽りに冷静に対処したり20歳とは思えないほど大人びている。親父と呼べる店長や潤や一郎に出会い、自分を置いていった母親のことを受け止められるようになってよかったと思う。ちょっと走っただけでゼーゼーいってたのに扉絵で腹筋が割れているのはツッコミどころ。


一郎くんは突然眠ってしまい食べ物を口に入れると目覚めるという体質。漫画だとギャグで流されていたがリアルにこの体質だと日常生活に苦労しそう。進藤さんとの掛け合いがおもしろい。初めはくせっ毛だったがストレートパーマをかけた。瓜二つの父親がボヌールに来た時に自分の気持ちを伝える話が好き。潤にハグしたり好きだと言ったりしていたがスルーされ続け、最終話では進藤さんのところに行くようにはっぱをかけた。むくわれないキャラだが、2番地で潤も進藤さんも好きだとわかったのでいい友人ポジションでい続けてほしい。


全体的にはキャラもストーリーも好きなのだが、年をとったせいか時代の流れか今読むと気になってしまう描写もあった。1250円のケーキを500円しか持ってきてない子どもに渡したり、迷子になっている子どもにケーキを無料で渡したりするのはいい話だが完全に赤字であり店が潰れないか心配。子どもが甘いものをたくさん食べていると虫歯や肥満が気になる。休業の張り紙や、入店料をとられるという噂を流す営業妨害は悪質すぎる。喫茶店の店内でタバコを吸うのは禁止にしてほしい。劇の感想で女装王子がちゃんと女の子好きでよかったと言っていたが別に男の子が好きでもいいじゃないか。


逆に昔は悪い印象だったが今読み返してみるとよい印象になったものもある。昔は急に暗い雰囲気になった12巻以降のストーリーが好きではなかったが、改めて読むと完結までの流れがちゃんとできていることに気づいた。10巻からなにか起こりそうな不穏な空気はあったし、潤の過去もちょこちょこ匂わせていたし、駆け足ではあったが潤父と進藤父母の話を全て回収してた。


謎のままだったのは店長の過去くらいだが、これは敢えて描かなかったのだろうと思う。進藤さんが奴がいくつでどんなツラしてようがアイツはアイツだと言ってるのが全て。家族に憧れていた、メガネを外さない、膝の関節痛持ち、颯季という中学生時代の友人のおかげで息子たちとめぐり会えた、地味だったが金髪に染めた、国籍不明のエセ外国人のような友人あり、憎しみにとらわれ誰かを傷つけるために生きるようになっていたかも、などの情報から店長の過去を想像してみる。


店長=松本南吉は物心ついたころには海外の紛争地帯で戦場に武器を運ぶ少年兵として働かされていた。そのとき爆破で飛んできた破片で膝と目の近くに傷を負い、ストレスで髪の色素も抜ける。このときの傷を隠すためにメガネをかけ髪を染めるようになった。数年後、戦争が終わり日本の施設に引き取られる。そこで親が金のために自分を捨てていたことを知り、親をうらんで復讐を考えるように。そのころサツキと出会う。サツキも同じ施設の子で話しているうちに仲良くなる。親に復讐するのではなく誰よりも幸せになって見返してやるというサツキの言葉に共感し、復讐する気がなくなる。施設にいるあいだはサツキと兄弟のように過ごしていたが、18歳になり施設を出て離れ離れに。店を持ち独立した店長は自分が幸せなのはサツキと家族のように過ごしていたときだったことに気づき、家族がほしいと思うように。自分の通っていた施設を訪れたときにサツキと同じ名前だった進藤さんと目が合い、引き取って育てることにした。


こんな過去は重すぎてこの作品の世界観には合わないのであえて描かれなかったんじゃないかと思う。店長は日本人でなく海外で生活していたからエセ外国人のような友人がいるのではないか、幼いとき食べられなかった反動で甘いものが大好きになりお菓子作りも得意だったからケーキ職人になったのではないか。あくまで勝手な妄想である。

 
ボヌール=幸せという喫茶店を生み出し、進藤さんを育て、一郎や潤たちが集まるすてきな場所を作り出した店長が一番すごい人だと今は思う。店長も含めて個人的にはとてもおもしろい漫画だと思うので、読んだことない人には全力でおすすめしたい。