ドラマ『母になる』は産みの母親と育ての母親がバトる話

2017年に放送されたテレビドラマ『母になる』は産みの母親と育ての母親が子どもをめぐり自分の想いをぶつけ合ってバトる話だった。産みの母親は結衣(演ー沢尻エリカ)、育ての母親は麻子(演ー小池栄子)である。結衣は結婚し広を出産するが、広は3歳の時誘拐され、突然いなくなる。必死に捜索するが見つけられず、その9年後結衣は広と施設で再会する。そして麻子という女性が7年間母親として広を育てていたことを知る。

 

結衣は広を生んだので血縁関係のある母親ではあるが、3歳から12歳の広を育ててはいない。日本心理学会によると、人間は幼児期健忘といって3歳以前の記憶を思い出せない。人間はいつ、どこで、何をしたかというエピソード記憶の発達がとても遅いことが関係しているらしい。{参照:https://psych.or.jp/interest/ff-25/}確かに自分も幼稚園に入る前の記憶は全くない。3歳で誘拐されたという衝撃的な記憶があれば、なおさらそれより前のことは思いだせないだろう。このことから考えると、広は3歳までしか関わっておらず9年後に再会した結衣のことを初対面の人だと思っても仕方がないかもしれない。

 

だからといって3歳までの子育てが無駄なわけではない。3歳以前の記憶は成長すると忘れてしまうが、この時期の経験によって脳細胞が発達する。逆にこの時期に暴力を受けて育つと、脳がダメージを受けて知能や理解力の発達に悪影響がおこってしまう。最近では体罰や暴言も悪い影響を与えるという研究結果が報告されている。3歳までの子育ても大切なのだ。子どもは3歳まで愛されて育つことで性格の基礎ができ上がるので、広がいい子に育っているのは結衣の力でもあると思う。

 

麻子は3歳から10歳の広を育てた母親なので、広の記憶の中での母親は麻子だろう。3歳以降は、食事や着替えなどたくさんのことが大人と同じようにできるようになる時期である。脱いだ靴をそろえるとか、お箸を正しく持つとかは親の教育で身に着けさせることが多く、麻子は広をいい子に育てたのは自分だと主張していた。麻子が一人で広を育て上げたのはすごいが、金銭的な面から考えると結衣と陽一に育てられた方がよいと思う。子どもを育てるのにはとにかくお金がかかる。特に中学生以降は子どもを育てるのにたくさんお金が必要な時期なのもあって、麻子は広を返すことを決めたのかもしれないと思った。

 

一番衝撃を受けたのが2話で、麻子が広へ書いた手紙を結衣が読むシーンである。麻子は広を結衣に返すことを決め、広に手紙を送っていた。その手紙に「新しいお母さんと名乗る人が現れた時はちゃんとご挨拶するのよ「お母さん会いたかった」って。できたら涙ぐんだりするのもいいかもしれない。」「相手はいきなり抱きしめてくるかもしれない、嫌がらずにじっとしていること」「何も知らないオバサンがいきなり現れてお母さんだと言う。怖いね、とても怖いことだと思う。」「何を出されてもおいしいと言って食べなさい」などど、結衣との関わり方について細かく書かれていた。結衣はその手紙を読んで広がその手紙のとおりに行動していたことに気づく。

 

結衣との関わり方でセリフまでこと細かく指示してある手紙の内容は怖すぎるし、広がそれに素直に従っているのがわかった時もぞっとした。広に悪気はなかったと思うが、この時点では広が結衣よりも麻子を信用していたことを証明することにもなっている。広にとっての母親は麻子であることを見せつけられたような気がして、結衣はかなりショックだっただろう。麻子はこの手紙で自分こそが広の母親だとアピールしているかのようだった。

 

あと麻子が自分の過去を語るシーンが印象的だった。麻子は妊娠したが階段から転落して流産してしまったり、子どもを産まないからと職場の同僚から非難されたりして、出産できない自分に劣等感を持っていた。そんな時、部屋で泣いていた広を麻子が偶然見つけて助けだす。警察に届けようとしたが広を育てることが自分の救いになったため手放すことができず、7年間一緒に暮らした。その後つきまとわれていた男性への殺人未遂で2年刑務所に入り、広は施設に入ったことがわかる。麻子にもそれなりの事情があったんだなと納得してしまった。

 

とはいえ、結衣にとっての麻子は自分から広を奪った憎むべき人間である。結衣はこの後、麻子に広にはもう近づかないように伝えたり、麻子に自分の罪を謝らせたりと強気に対応していく。たとえ麻子に事情があったからといって許せることではない。『母になる』は産みの母親と育ての母親の言い争いが多く、2人の女性が自分こそ本当の母親だというマウントを取り合っているかのようだった。それに比べて父陽一はあっさり広となかよくなって一緒に遊びに行ったりしていた。もとはと言えば陽一に恨みを持った教え子だが広を誘拐したことが原因なのに…母2人がバトっているのに、男親はのんきでいいなあと思ってしまった。

 

麻子が不妊で広を育てることが自分の救いになったため、なかなか手放せなかったという気持ちには同情する。日本産婦人科医会によると、子どもを育てるカップルの10~15%が不妊で、年齢が上がるほど不妊の割合も増える。20歳代前半までの不妊率は5%以下であるが、20歳代後半より9%前後、30歳代前半で15%、30歳代後半で30%、40歳以降では約64%の人が不妊になると推定されている。

{参照http://www.jaog.or.jp/lecture/5-%E4%B8%8D%E5%A6%8A%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%A8%E6%A4%9C%E6%9F%BB/

不妊の原因は女性だけでなく男性にあることも多い。しかし今でも子どもが生まれないのは女性が原因だと思っている人もいる。周りからのプレッシャーを受けて出産できないことに強いストレスを感じてしまう女性も少なくない。「まだ子ども作らないの」「子どもがいない人にはわからないよね」などの言葉が女性を追い詰めるのだ。跡継ぎが必要だった昔ならともかく、今は子どもを作るも作らないも個人の自由なんだから余計なことを言うなという話だ。子どもが欲しいのにできない場合は不妊治療をするという選択肢もあるが、健康保険が使えないため医療費は高額になるし、女性の体の負担も大きい。また不妊治療を行うのはパートナーの協力がないと難しい。不妊治療についてはドラマ『隣の家族は青く見える』を見て詳しく知った。またそれについても記したい。

 

最終回の第10話では麻子は広から離れた町に住み、結衣は許せるようになったら広を連れて会いにいくことを伝えて終わる。広も2人母親がいることを受け入れているようだったし、とりあえず今はこれが一番いい距離感かもしれないと思った。世の中には子どもを産めない体質の人もいるし、親と一緒に暮らせない子どもを育てている人もいる。子どもを産まなくても育てれば母親になれる、いろいろな形の母親がいてもいいなと思った。